広島へ原爆が投下され72年目

日本はアメリカ人の価値観に影響を及ぼしてきました。1900年、アメリカで出版された「武士道」(新渡戸稲造著)は、リーダーの道徳規範となり、セオドア・ルーズヴェルトやジョン・F・ケネデイに愛読していたそうです。

終戦後の1946年、原爆投下後の広島を取材した『ヒロシマ』(ジョン・ハーシー著)は、アメリカでベストセラーになりました。1980年代、ハーバードの教員をはじめとする知識人は皆、「ジャパン アズ ナンバーワン」(エズラ・F・ヴォーゲル著)を読んでいたと聞き、その事実を初めて知って驚きました。

核実験の目的は、プルトニウム型原爆が理論通りに爆発するかどうかを確認する事でした。実験場に鉄塔を建てて地上約30mに原爆を設置し、遠隔操作で起爆しました。実験は成功し、爆発規模はTNT火薬に換算して19キロトンに達しました。

アメリカが原爆を開発するマンハッタン計画に加わった科学者ジャック・アビー氏(91)は、その日、爆心地から約10kmの場所で実験を見ていました。存命の数少ない目撃者です。キノコ雲を鮮明にとらえたカラー写真の撮影に成功しましたが、アビー氏は「爆発の衝撃で、椅子に座ったまま、約1mも後ろに飛ばされたと当時の様子を振り返ります。

去年、オバマ大統領が広島を訪問しました。米国大統領が被爆地を訪問したのは初めてです。原爆資料館を見学して原爆記念碑で献花をした後に、17分の演説を行ないました。犠牲者に哀悼の意を告げると、核保有国は核廃絶に向けた勇気を持つべきだと強調しました。演説の後、被爆者と言葉を交わし、握手、抱擁をした姿を見たとき体が震えました。

広島、長崎を思うことは人の本質を真面目に考え、無辜なる被害市民に敬意を払いつつ、アメリカの狂気については恒久平和のため勇気を奮い食い止めなければなりません。だが、中国共産党の暴走も止まらずその狭間に立たされている日本国の舵取りは子供たちの未来に直結する大切なことなのです。

正しい歴史を知らない限り過去の悲劇は何度でも繰り返されます。一刻も早く歪曲された歴史を正し、その上で原爆投下という事実を見つめなおし、日本が何をなすべきかを考えなければなりません。日本に仮に戦火がおこるとしたら、単独でどこかの国が侵略してくる事は考えられず、米国の先制攻撃によって介入戦争がおこったときでしょう。

それが日本に及ぶと言うのがもっとも可能性の高いものです。国連はアメリカの言うとおり兵士を派遣いたしません。そうなると米国の呼びかけに賛同できる国だけということになります。現在の政権が通そうとしている法案はまさに危ない選択となることでしょう。この火種をなくす事は、日本の恒久平和とアジアの安定に大きな役割を果たすと思います。

アメリカ軍が原爆を投下した時、人類は、自らを滅ぼす事の出来る力を手にしたことに気付きました。我々はたった1つの地球に暮らしているのです。60年代に宇宙から見た地球の写真を初めて見たとき、人間は、広大な無限宇宙の片隅で、小さな星を回る実に小さな惑星に寄り集まって住んでいる事を、写真を見て思い知らされたのではないでしょか。

私の父・仲條立一は海軍中佐である祖父・仲條公治がいた広島県呉市から原爆投下後、爆心地へ入って被曝した。原爆が投下してから72年たった今年、米国のオバマ大統領が広島で被曝者と抱き合う姿を父が生きて目の当たりしていたらどう思ったことだろうか。父は幼少の頃から石原莞爾の身の回りの世話をして将軍をこよなく愛していた。

将軍に血を分けたのも火葬したのは父である。父は最期まで石原莞爾の生涯を語っていた、死の間際、父の心に去来したものは若き頃の石原莞爾将軍をリヤカーに乗せて東京裁判へ曳く姿だったかもしれない。今の世の中、人間関係が希薄になってきていますが、地域社会の絆を強固なものとしていただければ幸いに存じます。